恵方巻き

昼休み、前の席の友香と向かい合ってお弁当を食べていると、浅野さんが声をかけてきた。
クラスでも派手で目立つ浅野さん。今日もスカートを短めにし、私が着用している学校指定のベストよりも、すこし明るい色合いのセーターを着ている。着こなしている。こうして、近くでよく見ると、どこかのブランド物のようだ。
地味で目立たない私たちとは本来からして住むべき場所が違う人種だ。実際、このクラスになってから今まで、こんな風に一緒にご飯を食べることはもちろん、気安く声をかけ合うことすらもなかった。
もちろん、別にお互い嫌いあっているわけじゃない。ただ、純粋にクラス内ヒエラルキーが違うだけなのだ。だから、私たちの間には最初から接点なんてものはなにもないはず。
なのに・・・・・・

隣の大山くんの席から勝手に椅子を拝借してきて、私の机の横に場所をとる。それから、可愛い柄のついたお弁当の包みを開き(たぶん、これもブランド物)、小ぶりなサイズのお弁当箱が姿を現した。
いつも派手で目立つ女子。そんな女子の食生活ってどんなのだろう? 興味があって、そのお弁当の蓋が取りのぞかれる瞬間を友香と一緒にかたずを飲んで見守っていたのだけど、その視線に気が付いたのか、
「ふふふ、ジャジャーーーーン」
自分で効果音をつけて両手で蓋を取り除く。けど、開かれた浅野さんのお弁当箱の中には、細長く、黒い物体。

「これって・・・・・・」
「そう、今日のお昼は太巻きぃ~」
見た目派手な女子が、お昼に太巻き? 巻きずし? お寿司?
いや、まあ、たしかに、今日は二月三日節分だけど、近年になって広まったように、太巻きを食べる日だけど、でも、なんで?
友香と二人、頭の上にはてなをいっぱい浮かべて戸惑っていると、浅野さん、太巻きを取り出し、わざとらしく、ちょっと小首を傾げて考えるかのようなフリ。

「え~っとぉ~ 今年ぃの~ 恵方ぅはぁ~」
椅子の方向を調整し、座り直して、太巻きをつまみ上げ、何かを祈るようにつぶやいた。
――黒瀬くんと付き合えますように。
一番近くにいた私の耳にはそう聞こえた。そして、もちろん、私の席から今年の吉方位には、その黒瀬くんの姿があるわけで。
浅野さん、おもむろに太巻きの端を口にくわえて、

はぐはぐ・・・・・・
本当に食べ始めちゃうし。
はぐはぐ・・・・・・
節分の恵方巻きを食べるときは、包丁で切っちゃダメで、長いままで食べなくちゃいけないし、吉方位を向きながら、食べ終わるまでなにも言葉を発することなく食べきらなくちゃいけない。
浅野さんは、その作法に従って、無言でその長い太巻きを口にくわえ、端からゆっくりと咀嚼して飲み込んでいく。
見た目が派手な女子。その女子が長い太巻きを口にくわえ、もぐもぐと食べていく。その姿は・・・・・・
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