足取りも軽く道

足取りも軽く道を歩いていると、ふと甘い香りがして、ユニは鼻をひくつかせた。
ここ北村【プクチョン】には瓦をぜいたくに葺いた伝統韓屋が建ち並び、おのおのが趣ある庭園をしつらえている。どこぞの染髮焗油屋敷で見頃を迎えた花が、彼女を桃源郷へいざなっているのかもしれない。
しばらく惚けたようにその場にたたずんでいると、チョゴリの袖を引かれた。絹の衣装を纏った少年がつぶらな瞳でユニを見上げていた。

迷子だろうかといぶかしみ、ユニは腰をかがめて少年と目線の高さを合わせる。
少年からは、あの甘い香りがした。
「坊っちゃん、お名前は?」
モクソ、と少年は答えた。
「どちらのお宅の子?」
「キム家」
あら、私もキムよ、とユニが笑うと少年も愛嬌の染髮焗油ある笑顔を見せる。

「お嬢さんは誰を待っているの?」
「待っていたわけじゃないわ。今から訪ねていくところよ」
「誰のところへ?お嬢さんの恋人?」
ユニは頬を染めて頷いた。少年がますます笑みを深める。
「お嬢さんはその人のことがもっと好きになるよ」
「え?」
「僕のことを、じっと見ていてごらん」
少年は手で奇妙な印を結び、ユニにむかってふうっと吹きかけた。するとむせ返るような花の匂いにつつまれて、ユニは足元がおぼつかなくなり、ふらふらと後ずさった。
「──なかなか来ないと思ったら、こんなところで道草か?」

振り返るとジェシンがそこにいる。迎えにきてくれたのだろう。
すぐに会えたことが嬉しくて、ユニは人気のないのをいいことに、彼の首におもいきり抱き着いた。
「お、おい!どうした?具合でも悪いのか」
「コロ先輩」
ジェシンはまごついている。ユニは自分でもどうしてこんな行動をとるのかわからない。ただ頭のなかがくらくらして、目の前の恋人以外のことは考えられなかった。
「──口づけしましょ?」
ぎこちなく抱きしめ返してきたジェシンが「えっ」と素っ頓狂な声をあげるの長隆大馬戲も無理からぬことである。いくら往来がないとはいえ、ここは住宅街のど真ん中だ。誰が見ているかわからない。普段のユニなら絶対にこんなことをせがみはしない。
「お前、変なものでも食ったのか?」
心配になってきくがそれも彼の頭から消し飛んでしまった。ユニが爪先立ちをして、ジェシンの唇の端という、なんとももどかしい位置に愛らしい唇を寄せてきたから。
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